昨日、用事があって電車で町田へ行った帰りのこと。八王子方面に向かう電車の中で、随分前にやったバイトの同僚で、一時期好きだった娘(に非常に良く似た人)を発見した。自分の中ではその人だという確信があったので、声をかけようかとか色々考えたのだが結局声はかけず、自分が降りる予定の一つ前の駅でその女性は電車を降りていった。
二人で飲みに行ったことがあるくらいには仲が良かったので、話かければまあ適当に話はしたのだろうが、そうはしなかった。正直に言って割りとどうでもいいし、多分向こうだってどうでもいいはず。自分はそう考えた。そうして次の駅で電車を降りて雨の中を歩いて帰ったわけだが、その道中で「何かが起こるとか起こらないってことの差は、案外こういうところにあるんだろうな」とか考えたりした。良いことだろうと悪いことだろうと、自分が行動すれば何かしらの結果が付いてくる。何もしないって選択肢を取らない限りは何かが起こる。どうでもよさもめんどくささも乗り越えて、それでも起こしたい行動がどれだけあるのか。そこらへんで自分の人生が決まっていく気がする。
「すべての行動に意味がある」とは思わないが、「すべての行動に後から意味を与えることはできる」と思ってはいる。現在の自分の有り様だけが、過去の自分とその行動を肯定できる唯一の指標。だからもっと自分の欲求を正確に把握しないといけない。ただなんとなく過ぎていく日々(それはそれで愛すべき時間ではあるのだが)は、穏やか過ぎて、実感を伴うことがない。自分で選んで自分で決めて自分でやったことだという実感が足りない。肉体の疲労感によってもたらされる、あの麻薬のような満足感に浸っていてはいけない。
